121202 素敵な先生。

0
    2日前の金曜日。
    校内の授業研究があった。
    この授業研究はちイレギュラーで予定に入っていなかったもの。
    そこで、誰が授業者になるか、決定に戸惑いがあった。
    普段であれば、わたしがやってもいいですよとすぐに申し出るのだが、今回、この時期いろいろとあったので、すぐには立候補せず、ちょっと様子を見ることにした。
    数日後、まだ授業者が決まらないことらしいことがわかった。
    じゃあ、仕方ない。自分がやりますと言えば、無事に済むなと思い、朝、出勤すると教頭さんに、まだ決まっていないようでしたらわたしがやりますよ、と伝えた。はあぁっ、また自分から背負い込んでしまった、と思いつつ、何も貢献できていない自分。こういうときくらいやらなくてどうすると自分に声をかけた。
    すると、数分後に出勤した別の方が、まだ授業者が決まっていないのでしたら、自分がやると伝えに来た。

    ここが、本校の素敵なところ。

    だいたいが、立候補式の校内研究の授業などで授業者を誰がやるかで、そんなに困ったことがない。

    そこで、かっこつけて、
    「いえ、わたしがやります!」
    ということも可能だったが、今回は、ちょっといっぱいいっぱいだったので、ありがたく
    「じゃ、お願いします。」
    と伝えた。

    その授業が、2日前の金曜日にあった。
    授業者は、ベテランの女性の先生。
    今年、本校に赴任してきた。
    一言で言えば、すごく素敵な授業だった。
    基本は一斉授業の形をとっているが、その中に「協同学習」の技法を数多く取り入れて、子どもたちが生き生きと友達と関わりながら、話し、考え、発表し合っている。

    授業は、5年の算数。平行四辺形の面積をどうやって求めるかを考えるものであった。

    協同性その1
    それぞれに、解き方を考えた後、自由に教室を歩き回り、友達と情報交換をする。その際、自分はどうやって面積を出したのかを互いに説明する。同じ、解き方だったら○、異なる解き方だったら☆の印をつけていき、次々と情報を交換し合う。

    協同性その2
    全体発表の場。少し、複雑な面積の解き方を説明する子がいた。その後、その先生は
    「隣の人に、この子が説明したことをお話ししてごらん。」
    と促した。これは、
    「説明わかりましたか?」

    「ちゃんと話を聞いてましたか?」
    に比べると数倍高度な問いかけてである。

    子どもたちも生き生きとし、どの子とでもかかわれるような姿で授業に臨んでいて、大変素敵だった。

    こういった授業が日常的にこの学級では行われているのである。子どもたちは別段着飾った振る舞いをしていなかった。
    本校にいらして、1年目。本校の校内研修で取り組んでいることをさらりと取り入れて授業に生かされている先生の姿に驚いた。すごいと思った。
    もともと、この先生はこういう授業をされていたのかもしれないが、本校の校内研究でみなさんと意識し合うことでより、意図的にこういうしかけを取り入れることができたに違いない。
    しかし、何はともあれ、こういう授業を取り入れて日常的に行おうとする柔軟さがあればこそのものである。

    歳を重ねると、自分がよいと思ったもの以外には、手をつけたくなくなる。
    たぶん、わたしも客観的に見るとそうであろう。
    わたしも、いつまでも柔軟でありたい。
    この先輩先生から、たくさんのことを学んだ45分であった。

    わたしの信頼ベースの基本はオープンクエスチョン

    0
      国語で「ヒロシマのうた」を学習して、その後、全員でそれぞれに戦争関連の本を1時間読んだ。
      それでおわってしまったのでは芸がないと思い子供達に読書前に以下のように話した。
      「最後、1人3分ずつペアトークをしてもらいます。
      普通は、3分だけど今回は5分。長いよ。でも、本という話す内容はたくさんあるはずだから、がんばってね。」

      時間がきて、ペアになり、オープンクエスチョンを行った。
      3分間、誰もがしっかりと話すことができ、かつ、聞くこともできた。
      これを見ていて、成長したなぁと実感している。

      ペアトーク(ペアになりオープンクエスチョンである話題を聴き合うこと)
      を始めたのは、この子達を担任した時。つまり、1年半まえの4月であった。
      朝の会に毎回ペアを変えて
      「昨日の出来事を教えてください」
      を繰り返したのである。

      最初は形にならなかった。
      全然話を聞こうとしない子。
      話し手を無視して自分の聞きたいことに話題を持って行こうとする子。
      すぐに話すことが終わってしまい、お互い制限時間まで無言で過ごしてしまう子
      いろいろだった。
      が、今は素晴らしく聞くことができる。話すことができる。

      わたしは、申し訳ないくらいに、信頼ベースになるようなこと、例えば、ダイナミックな係活動(会社活動)だったり、教室リフォームだったり、PAのような活動だったりを取り入れていない。まぁ、言い訳をするとすれば、それらを実践する余裕がないということになるが、これらだって時間がなくても本当に活動したいと思えば、時間はいくらでも生み出せるはずがそれを行っていないのは、やはり、自分がその気持ちがないからだろう。

      そんなわたしでも、とりあえず、少しずつではあるが学級がまとまっていきているのは、ひとえに、このオープンクエスチョンを基本としたペアトークを続けてきたからだといえる。
      (実は、このペアトークにしても6年生になってからは、毎日行わなくなっているが……汗)。

      たぶん、今後、どの学校にいっても、どの学級を持っても、

      121129 わたしの『学び合い』と他の『学び合い』との立ち位置

      0
        わたしは西川純さんが提唱する『学び合い』にしても、佐藤学さんが提唱する「学び合い」にしても、またはそれらと関係ない「学び合い」にしても、そして、ワークショップ型授業やファシリテーションを中心に考える授業の実践を重ねている方とも話していたり、または文章を読んだり、ネット上の書き込みを読んだりして、
        「あっ、わたしと同じ『学び合い』とか「ワークショップ型授業」とか「ファシリテーション」とかを使って授業を説明しているけれど、自分とは立ち位置が絶対的に違うな」
        と思う一瞬があります。
        それは、「一斉授業」の考え方です。

        わたしと考え方が異なる方の主張は
        一斉授業がしっかりできてからこそ、「学び合い」(または『学び合い』)ができる。
        という考えです。
        一斉授業があり、その発展、または、高等の技術や形態としての学び合いなのですよね。
        よく聞かれるセリフが
        「一斉授業もできないのに、学び合いなんてできるはずがない」
        です。

        わたしは、この言葉を聞くたびに、うーんと考え込んでしまいます。
        わたしにとっては、一斉授業が成立しないからこその学び合いなのですよね。この『学び合い』の前提として「一斉授業」と言っている方は「一斉授業」で悩んでいる方にはどのような授業を進めるのでしょうか。
        「説明・指示・発問」をしっかり考えるようにと言うのでしょうか。
        「板書事項」を計画的にというのでしょうか。

        学級崩壊が日常用語となってしまっているように、程度のこそあれ、学級の荒れは日常的な光景となりつつあります。その多くの学級は「一斉授業」が成立しなくて困っているわけです。
        もちろん、努力も何もせず、悩んでいる教師もいることでしょう。しかし、一生懸命に努力をしている教師の方が多いはずです。その対応策の一つとしても『学び合い』を提案することができるのではないでしょうか。

        実際に、一斉授業ができる状態でないために、『学び合い』を取り入れてなんとか授業が成立するようになったという先生を何人か知っています。
        もちろん、もしかしたら多くの方がイメージするような「すばらしい」討論の授業や全員が関わり合っている授業をお見せすることができないかもしれません。
        しかし、とりあえず、授業が成立し、全員が程度の差こそあれ、授業に参加するの参加とは、教室内にいるだけの参加ではなく(一斉授業ではよくあることと思う)、全員が課題に向けて、考えたり、活動したりします。これは、すごく貴重なことでしょう。

        なぜに、突然長々とこんなことを書いているかと言いますと、ちょっと事情があって、ここ数日、算数や社会科で一斉授業をしています。
        すると・・・・なんと素敵な一斉授業ができるんですよねぇ(笑)。

        もちろん、わたしの授業はほぼすべてが『学び合い』といいますか協同的な授業で構成されています。今までずっと『学び合い』を普通にやってきました。
        子どもたちも『学び合い』の授業が当たり前だと思っています。
        でもね、こうして「一斉授業」をすると、授業に臨む態度とか共にわかろうとする態度とかが醸成されているからか、数ヶ月前、1年前の子どもたちよりもすごくしっかりと「一斉授業」ができるようになっているのです。
        なんだか、子どもたちすごいなと見直してしまいました。
        久しぶりに一斉授業をすることで、子どもたちの成長がわかるのです(笑)。なんか、いい感じでしょ(笑)。

        わたしの実感からしか言えませんが、
        『学び合い』を日常的に進めることで「一斉授業」もしっかりしたことができるようになる。
        そんな風に感じています。


        121118 協同学習の技法「クイズでチェック」がおもしろい!

        0
          IMG_5519

          今、社会科の授業では「クイズでチェック」という協同学習の技法を使って単元を進めています。
          これ、下の「先生のためのアイディアブック―協同学習の基本原則とテクニック」という本の中に書かれている技法です。一読すると、少しわかりにくくて、本当にこんな感じで授業が協同的になり、理解が促進され、盛り上がるのかな?という感じです。
          しかし、やってみると、盛り上がる、深まる。いい感じです。
          もちろん、授業に持って行く過程でわたしなりのアレンジがあるのは事実ですが。



          クイズでチェックの進め方をおおざっぱに書くと下です。

          1 学習範囲を知る。
          2 問題をつくる。
          3 その問題の答えを問題作成者が考える。
          4 問題だけをペアの相手と交換する。
          5 その問題の答えを考える。
          6 お互い、答えを見せ合う。
          7 お互いの答えをもとに、理解がより深く、より広くなるように話し合う。
          読んでいただければお分かりの通り、この技法の肝は、「7」の答えを見せ合って話し合うところである。問題が当たった外れたというところが興味の焦点ではない。作成した問題を介してああでもない、こうでもないと子どもたち同士が話し合い、悩み合い、高め合うことが大切なところだ。



          工夫点としては、問題の作らせ方がありますね。「7」でペアでの話し合いが盛り上がるような問題設定をしなければなりません。

          そして、「7」です。
          これが盛り上がるには、日頃での協同的な学習の進め方が日常的になっている必要があります。本学級の場合、ちょんせいこさんが提唱する「オープンクエスチョン」が普通にできるから、それなりにペアで話ができるのだと思いました。

          もっと詳細にここに報告したいのですが、この部分、ある原稿と重なってしまっています。
          後日、そちらで読んでいただきたいと思います。
          あとで、みなさんにご紹介しますね。
          お楽しみに。


          121022 声。

          0
            授業を見に行く。
            そこで、教師の声を聞く。

            よくある光景が教師の大声で子どもをコントロールしようとする声。
            男性教師の怒声、女性教師の金切り声。
            見ているこちらが恥ずかしくなる。

            私自身も今学期になってやっと落ち着いた声静かなトーンで話ができるようになってきた。
            (ま、地声が大きい部分があるので、すっごく意識しながら話している)
            子どもの前で話す声の大きさ、音色は今の学級集団の状態を確認するバロメーター。

            子どもたちが学び合う声の響きを気にすると同時に、教師自らの声についてもしっかりと確認をしながら子どもたちの前に立ちたい。

            121020 いざ、ジグソー学習!

            0
              協同学習の中でジグソーはうまくその意図を発揮させるのになかなか難しい技法の一つだと思う。
              進め方ははっきりしており、1時間や1単元の進め方として確立しているので、これに授業を載せてしまえば、スムーズに進むような錯覚に陥ることがある。

              わたしは、過去に何度も失敗し、うまくいかなかったことのショックが大きい。このことからあまりジグソーを取り入れなくなった。

              うまくいかなかったショックとは、よく協同、協力の名の下によくあることなのだが、「協力しようね!」などとこちらが促しておきながら、子どもがなかなか協同的、協力的な振る舞いや学びをしないと、
              「協力しろ!」
              のような命令口調になってしまったり、協力することでそこにいる子どもたちが気持ち良くなるはずなのに協力できない子どもが多数存在するためになんか空気が悪くなったりする経験があった。これじゃ、本末転倒である。
              ジグソーなんてやらない方がいい。

              では、なぜ今回、久しぶりにジグソーを取り入れた学習をしたのか。
              2つある。

              第一に、前回アクション・リサーチを参考に質問を中心にした授業を行った。これがことのほか、効果が出た。効果とは、テスト結果もよかったし、子どもたちのウケがよかったのである。みな、質問をし説明をするのが心地よかったみたいなのだ。おっ、それじゃもっとシステム化されたジグソーを取り入れることができるかと思った。

              第二に、信頼関係のもと、しっかりと学び合える感じが子どもたちの様子から見て取れたことである。ジグソーは形式上はこれ以上ないくらい「個人の責任」と「協力」を体現できる授業形式になっている。しかし、実際にやってみるとわかるが、やる気のない子、責任感のない子、協同性がない子がたくさんいる中で実践するとめちゃくちゃになる。もちろん、ジグソーにはというか協同学習の中にははなかなか協同性を発揮できない子が実践することで、協同の良さに気づき、発揮していくという場合がある。だからこそ、学級の様子をよく知っている担任がしっかりとこの空気を見定め、導入していく必要がある。

              さて、ジグソー1ラウンドが終わった。
              1ラウンドというのは、もう一度行おうと思っているからである。こういうものは、繰り返し行うことで子どもたちもやり方やコツをつかんでいくと思うからである。最初はやっていて、ああっ、こうすればよかったと気づいたことをもう一度繰り返すことができるのは大切なことだと思う。

              子どもたちの反応がなかなかよかった。
              今日は、ホームチームに戻って自分が専門的に学んできたことを伝える時間だった。それぞれが、一生懸命に伝え、聞き、質問し、わからないところはその場で一緒に調べ、そして、相手を思いやる姿を発見することができた。

              ホームチームにもどり伝える時間だが、学級によってはその時間の過ごし方をも説明する必要があると思う。しかし、前回質問を中心に学ぶ授業をやっていたからか、わたしが特に説明しなくともそれぞれが上手にやりとりしていた。わたしは、時間が偏らないように(一人の説明に長時間使いすぎてどこかの説明ができなかったとか、不足したということがないように)と説明するくらいでよかった。学級が少しずつ育っている実感をここでも感じることができた。

              わたしが、今まで実践したジグソーの中で最も素敵に過ごすことができたジグソーである。

              121013 予習中心の自主学習ノート

              0
                IMG_5087 - バージョン 2

                教室の一角に自主学習コーナーというのを設けている。
                「今日の5人」
                として毎日5人の自主学習を紹介してる。

                紹介されたくて励みにしてる子
                紹介されたものを参考にしてる子
                全然興味がない子

                さまざまだ。

                このコーナーが励みになっているのか、それとも、子どもたちが育ってきたからか、少しずつ自主学習ノートが充実しているのを感じる。

                自主学習なので内容は様々だが、予習をしてくる子が多い。

                自主学習というか、家庭学習に「予習」というと不思議がる先生や保護者が多い。しかし、『学び合い』のような自分たちで学習の進め方を考え、協力して進める学習では、予習をしてくる子がいることが授業を質の高いものにするためには必要になる。

                ただし、予習といっても、一般に考えられている予習とはちょっと違う。
                中学校の予習を考える方、特に、保護者は、学校で教えることを教えもしないで、家で勉強してこいだなんて、職場放棄もいいところだ!ちゃんと教えろ!などと叱ることだろう。
                実際、わたしの説明不足でそのような反応(こんなに乱暴ではなかったが)をしてきた方がいる。

                しかし、わたしの考え方は違う。
                自分なりに学級だよりなどで説明する。

                わたしの考え方は、とんたんさん、そして、教えて考える授業の鏑木先生が話された内容をもとに、わたし流に変えて説明している。

                予習とは、
                習ってない内容を前持って勉強してくるイメージをもつがそれは違う。
                教科書は丁寧に書かれてるので、君たちの力で読むだけでわかってしまうことも多い。読んで、ノートにまとめて理解できたら、それは素敵なことだ。
                もし、読んでもできない、わからないところがあったら、それは当たり前のことである。
                だから、その場合はノート、または教科書に「わからない」とか「?」マークとかをつけてくればよい。こうすることで、授業の時にわからないところを中心に、友達同士学ぶことができる。
                ここでいう、予習とは家でまだ学んでいないことを新たに学んでくるのではなく、わからないところを確認してくる作業と考えればよい。
                家族にしても、復習中心の家庭学習だと、一度学校で学習してきたにもかかわらず、頭を抱えている子どもを見ると、この子はなんてダメな子かしらとか、先生の教え方が悪いからわからないんだなどと心がいらいらすることがあるだろうけど、確認中心の学習だとまだ習っていないのだからわからないのが当たり前ということで、子どもも家族もプンプンしなくて済む。

                教室に、いろんな子がいるからこそ『学び合い』は成立する。
                予習中心に学習してくる子もいれば、復習中心に学習する子もいていい。「学び」に前向きであればOKだ。
                いろんな学びを認め、混在し、成立できる。
                だから、『学び合い』はいい。

                IMG_5081

                IMG_5082

                IMG_5083

                IMG_5084

                IMG_5085

                IMG_5086

                121011 今日もいい雰囲気

                0
                  IMG_5065

                  算数。
                  「角柱と円柱の体積」5時間時数の最後の時間。
                  各班、前時の終わりに次の時間はどうするかを話し合っているので、スムーズに学習に入る。
                  ある班は、自分たちで問題を作成し、それぞれが問題を出し合う時間にしていた。
                  うーん、高度。
                  でも、一番楽しい過ごし方だ。

                  次のような絵を描いていた。
                  ちょっと、図としては正確じゃないところもあるけどね。
                  算数の教科書を超えているというか、少し応用しないと解けないような問題を考えて出しているなど、なかなかおもしろかった。
                  明日は、テスト。
                  楽しみだなぁ。

                  IMG_5066



                  121011 よし!ジグソー学習

                  0
                    IMG_5067


                    「世界に歩み出した日本」の学習に入る。
                    いよいよジグソーで学習しようと決心。
                    協同学習の中でもダイナミックなしかけ、ジグソーにやっと挑戦する気持ちが湧いた。

                    わたしがジグソーを知ったのは、14年前の10年研修の出来事。
                    県の教育センターで2泊の研修。社会科の授業づくりの講座でだった。

                    すぐに、これはいい!と思い、もっとしっかり学びたいと、そこで指導してくださった指導主事に出典を聞きに行ったほどだった。その指導主事もどこからかの紙資料をもとにわたしたちに提供してくださったようで書籍としての出典は教えてもらえなかった。

                    すぐに実践したわたしは、授業づくりネットワークやメルマガなどてこれらを紹介しまくった。

                    このジグソーという手法、技法を知ったときの気持ちを思い出す。

                    ただ、このときの自分と今の自分は考え方、立ち位置が変わっていると思う。

                    このとき、これだ!と喜んだわたしは、子どもたち全員をいかに「学ばせるか」ということにばかり頭にあった。
                    これで、遊ぶ子どもをなくすことができる!みたいな考えだったし、原稿やホームページにもほんな書き方をしていたと思う。

                    今、ジグソーを取り入れるにしても、学ばせる!というような強制装置というよりも、いかに協力して成果をあげるか、協力して学ぶ楽しみを実感するかという視点からジグソーを取り入れてる自分がいる。
                    もちろん、協同学習の大切な視点である責任感を身につけさせることだったり、自立や自己満足を獲得させる意味でも考えてる。

                    でも、自分の立ち位置が14年前の自分は違うのだから、目の前で見られるジグソーを展開する子どもたちの姿も違ったものになるに違いないと楽しみにしてる。



                    121009 関わり合う二人

                    0
                      「あれ?おかしいんじゃない!」
                      「なんで?」
                      性格が合わないのか、普段はわたしが指示しない限り、混じり合わない二人がいきなり関わり始めました。
                      こういう時は、あえて聞かなかったことにして聞き耳だけをたてます。

                      「ここに底面積って書いてあるじゃん。だから、すでに底面積が出てるのになんで、割る2をするの?」
                      「だって、三角形の面積の出し方は、底辺×高さ➗2でしょ?わる2をしなくちゃ答えがでないじゃん!」
                      「いや、違くてね、あのさ、角柱の体積の出し方、口に出して言ってみな。」
                      「えっと、底面積×高さ」
                      「だろ。ちゃんと言えるじゃん。それにこの問題の数字を当てはめてみな。」

                      どうしてこの状況が成立したのでしょう。
                      いくつかの結果なのでしょうね。
                      一番の原因は彼らの成長でしょうか。
                      そして、体内に学び合うことが一般的、日常になってきてること。
                      そして、目的に向かうのであれば、気が合う、合わない、関係ないかんじになってきてることも大きいかな。
                      この辺のあたり、学級の中で何が起きてるのか、しっかり分析したいのだけど、生(ライブ)でどんどん前に進んでしまうので、分析できないでいます。

                      今回のことに関しても、普通だとすかさず、iPhoneでビデオを撮るのですが、なんか、この二人がやりとりしてるところをビデオに撮るのがはばかれてしまって撮らないでしまいました。今思うとなんかすごく惜しいことをした気持ちでいる自分がいます。まぁ、とらなくてよかったのかな。でもやっぱりとりたかったなぁ(ははは)。





                      calendar

                      S M T W T F S
                      1234567
                      891011121314
                      15161718192021
                      22232425262728
                      2930     
                      << September 2019 >>

                      あべたかが書いた本

                      My Facebook Page

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recent comment

                      • 121028 学習発表会が終わった〜その1〜
                        あべたか
                      • 121028 学習発表会が終わった〜その1〜
                        大西清美
                      • 111018 デジタルとアナログの融合〜5年算数(東京書籍)「ブロック遊び」〜
                        あべたか
                      • 111018 デジタルとアナログの融合〜5年算数(東京書籍)「ブロック遊び」〜
                        前田 勉
                      • 111028 子どもたちと共に創り上げた学習発表会を終える
                        さとりえ
                      • 111127 アウトラインプロセッサを探す旅(iPhone、iPad、Macとのデータ連携をめざして)
                        あべたか
                      • 111127 アウトラインプロセッサを探す旅(iPhone、iPad、Macとのデータ連携をめざして)
                        midorik
                      • 121203 【感想】【東日本大震災復興特別プロジェクト】第5回東北の子どもたちが元気になる「子どもホワイトボード・ミーティング」講座」
                        あべたか
                      • 121203 【感想】【東日本大震災復興特別プロジェクト】第5回東北の子どもたちが元気になる「子どもホワイトボード・ミーティング」講座」
                        ちょんせいこ
                      • 121203 【感想】【東日本大震災復興特別プロジェクト】第5回東北の子どもたちが元気になる「子どもホワイトボード・ミーティング」講座」
                        あべたか

                      links

                      profile

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode

                      powered

                      無料ブログ作成サービス JUGEM