120726 勇気づけをいつも心がけた子育てをしたい!

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    下半分の文章を自分のiPadに書いた夜。


    卓球の練習の帰り、息子が
    「ぼく、卓球をやめる」
    と言い出した。
    その日の練習も、わたしからみると、不甲斐ない練習で、本人もそれを感じたか、それとも周りからそう思われていると感じたかのどちらかだったのではないか。
    売り言葉に買い言葉ではないが、
    「ふうん、そうしたいならそうすれば」
    などとわたしも感情的に答えてしまった。

    しかし、答えてしまってから、なんとも考えないで息子を傷つける言葉かけをしてしまったものだと反省。
    なぜやめたいのかと話を聞く。
    息子は、今までどんなことがあっても、(例えば、周りからボロクソに言われたとしても)自分から練習を休みたいと言ったことがないし、やめたいと言ったことがないのだ。
    今回の言葉は相当の思いで口にしたものだと想像できる。

    息子の口からは
    「不甲斐ない練習ばかりしていて、毎日送り迎えしてくれるお父さんに申し訳ない」
    「ぼくには才能がない。」
    「卓球の先生に迷惑をかける」
    「練習していても、前にできたはずのことができなくなって行く」
    「3年生のときは試合に勝てたけど、4年生になってから試合に勝てなくなった」
    まだまだ理由がありそうだった。

    才能がないかどうかは置いといて。
    こんな思いを抱かせてしまったのは、完全にわたしや周囲の人間が原因である。一番はやはりわたしだろう。
    他の人がもし息子にがっかりさせるような言葉かけをしたとしても、わたしが勇気づける言葉をかけ続けてさえいれば、息子はこんなことを思わないでいたはずである。

    翌日、出勤してもずっと息子のことを考えていた(夏休み中で、子どもたちが学校にきてなくてよかった)。

    家に帰るなり、早速息子に語りかける。
    「学級の友達の中で一番があるよね。それは何?」
    「卓球」
    「うん、それは学校でも一番でしょ。胸はって言えるよね。」
    「うん」
    「中学校のお兄さんやお姉さんにだって勝てるでしょ。」
    「たぶん。」
    「それってすごいことじゃん。」
    「でも、ぼくには才能がない。練習してもしかたない。」
    「幼稚園の頃から、日曜日と病気のとき以外、毎晩練習してるんだよね。これって、すっごく誇りにしていいことじゃないかな。もちろん、自分よりも上手な人はいるよ。年下の子でもすっごく才能ある子は、追い抜かしていくかもしれないよね。でもさ、毎日続けていること。これは、誰にも増して強みだよ。絶対に、生きて行く上で役立つと思うな。」
    「自分は卓球をやり続けたんだ、この気持ち、すっごくすっごく、すごいことだと思う。」
    「もちろん、これから、卓球よりもやりたいこと、夢中になることができるかもしれないよね。そのときは改めて、そっちに力をいれて卓球をやめればいいんじゃないかな。卓球をやり続けた気持ちで続ければ、その好きになったものもうまく続けられると思うよ。今さ、卓球をやめたからと言って、他にやりいたいことがあるわけじゃないんでしょ。だったら、自分は、ダメなやつだという気持ちだけがのこって、そして、卓球を練習していた時間、ただぼうっと過ごしたり、テレビやゲームをして過ごしてしまうんじゃない?それってとっても持ったいないことだと思う。」
    「世界一、日本一になれないかもしれないけど、学校一、地域一だっていいじゃない。」
    「お父さんは、中学校のときに卓球で地区で一番になったことがあるんだよ。そのお父さんに勝つんだよ。すごいと思わない?」
    「うん、もう少し考えてみる」

    その日の練習のときである。
    わたしは、自分の理想を息子に押し付けるのをやめようと思った。
    息子はまじめに練習に向かっているのだ。
    それだけでいいじゃないか。
    そこから先ができないからといって、「毎日練習を続ける」といううことができない子だってたくさんいる中、これだけで十分だ。
    あとは、息子を励まし続ける。
    それだけでいい。

    すると、息子の気持ちもアップしたのだろうか。
    調子がいい、調子がいい。
    この日、偶然、高校生のOGがきていた。
    「調子いいので、練習相手になってみて」
    とコーチに言われて立つと、五分五分に戦っていた。
    (もちろん、高校生はある条件のものとで戦ってのことだ。つまり、将棋でいうと飛車角抜きのような戦いで五分だったと言うこと)
    もう、ニコニコだった。
    練習の最後は、いつもの通り、わたしと試合。
    うーん、勝てなかった。
    息子が強くなったのもそうだが、わたし自身、もう少し腕を上げないと息子の練習台にならないな。

    帰り、
    「卓球やめなくてよかった」
    ニコニコ顔でつぶやく息子を眩しく見つめているわたしがいた。
    「あのさ、今日はすっごく調子がよかったよね。でもね、日によっては何やってもうまくいかなくて、調子悪いというときがあるからね。そんなときは、やめるやめないということではなくて、今日は調子が悪い日だと思って過ごせばいいんだよ。だって、また今日みたいな調子いい日が必ずやってくるんだから。」
    「うん」

    8月1日は、わたしが住む二本松市にキリン協和発酵の有名な選手たちが卓球を教えにきてくれる。
    息子と参加するのがとっても楽しみだ。

    わたしは、わたしで息子の心を折らないように、勇気づける存在でいるようにいつも心がけたいと思った。


    <下の文章は上の文章の2日前に書いたものである。モヤモヤした悩みを書いている。ハハハ。お恥ずかしい。
    上のような出来事を通して、少しはわたしも成長できたかな。>



    夏休みに入ったので、できるだけ息子の卓球の練習に付き合いたいと思っている。
    といいながらも、やはりわたしは息子の練習に付き合わない方がいいかなと思った昨日であった。

    教師になって5年目の頃。この年、高学年を担任していた。
    地区の陸上大会が近いということで、わたしは走り高跳びの担当になり、指導していた。
    練習後のことである。先輩の教師が私に言った。
    「あのさ、あべちゃん。なんかね、教えてもらっている子どもたちがね、高跳びを教えるときの阿部先生はいつもの阿部先生と違うって。なんか、怖いって言っているよ。」
    今も当時も、わたしは、怖いと言われたことがない。
    ま、やせこけてて、弱っちいから、虚勢をはっても怖く見られないからだけどね。
    それ以上に、怖い先生と見られたくなかったということもあったかもしれない。
    また、怖さで子どもをコントロールする先生になりたくないという気持ちもあったと思う。
    そんなわたしである。若干意外だったが、高跳び指導のときの自分を省みて、すぐに思い当たった。

    高跳び指導のときの自分は、子どもたちに感情的に指導していたのだ。
    「ちがうって、このように左腕をあげて、足を高くあげるの!」
    「助走がおかしいよ!まず、しっかり考えて走ってきてみて!」
    感情的に語気を強くした指導をしていた。
    なぜ、こんな言い方をしていたか。
    素人のわたしは陸上指導の場合、このように感情的に伝えることで効果が出ると思っていたのだろう。
    また、「教える」ということをうまく自分の中で消化できていないわたしは、直接言いたいことを感情的に伝えることがという手段しかできなかたっことと思われる。
    かつ、指導時間が短いので、感情的に端的に伝えることが一番効果的に伝えられるのではないかと考えたのだろう。

    うーん、極端なんだよなぁ。自分。
    今でもそうだけど、言葉少なに子どもたちに語って子どもたちに学習活動を任せてしまうか。
    ずっと熱く語って、子どもたちに言いたいことを伝えようとするか。
    どちらかしか選べない。
    情けない。

    で、昨日のわたしは、感情的に息子にぶつけてしまうわたしであった。
    下手は下手でしかたない。
    しかし、息子の練習に対する姿勢ががまんできなくて、イライラしている自分がいた。
    家で何度も話しているのだけど、どうも伝わっていない。
    そう感じてしまうわたしは、イライラしてしかたない。

    わたしのワークショップ型の授業などで、わたしがほとんど何も子どもたちに語らずに見守る姿勢を見て、
    「阿部先生は、我慢強いなぁ。わたしは、子どもたちの授業の場面をみていると口出ししたくなって仕方ないんだ。」
    と話される先生がいる。
    しかし、どうなんだろう。
    わたしが、子どもたちに語らないで見守る姿勢を見せているときは、若干子どもたちを突き放し、遠巻きに子どもたちを見ている場合が多いのではないかと思う。
    わたしが子どもために、などと思って一生懸命に動き始めた瞬間、ろくなことにならないのが多いのだ。
    結局は、子どものためにといいながら、わたしが頭の中でイメージする姿に子どもたちを近づけたいだけなのだろう。
    結局は、わたしの自己満足なのだ。

    子どもたちとの距離感とか、話し方、質問の仕方など、こういう部分にファシリテーションの技術が使われるのだろうと思い、わたしはわたしのテーマとして東北青年塾などを通して、学ぼうとしているのだが、むずかしい。
    明確な物差しのようなものがあればいいんだけどね。

    ふうっ。
    これから、息子の卓球練習の付き合い。
    どうしようか。

    コメント
    もうご存知かもしれません。そうであればすみません。
    もしごぞんじでなければ、
    今感じられている壁をこえるために何をするか?
    ここにヒントがあるかもしれません。
    ぼくはこの考え方はいいなあとおもいます。
    多分にファシリテーション的な考え方に基づいた卓球だと思います。
    上のコメントに糸島自然塾のurlをリンクしました。
    分かりにくくてすみません
    • genkidesu
    • 2012/07/30 11:53 AM
    ありがとうございます。
    参考にさせてもらいます。
    • あべたか
    • 2012/07/30 6:40 PM
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